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やがて私は実家に戻り、店舗建築を経て、現在の住宅を中心にした仕事をするようになりました。本物の木の家に取り組むようになったのは10年程前。それにはあるきっかけがありました。「シックハウス」を巡るクレーム、そして訴訟・・会社にとっては手痛い経験が、TODAの家を生むきっかけになったのです。
それは、お家を建ててくださったお客様からのクレームでした。じつは法律で決められているシロアリ駆除を、そのお家の奥様が「やめてください」とおっしゃったのです。
駆除をしなければ公庫からお金を借りることもできません。それで、私たちは「わかりました」と言っておいて、実際には駆除をしてしまったのです。
奥様に「お金は要りませんので」と言ったら、「そういう問題じゃない」と言われました。
「シロアリが10年間も死んでしまうような地面の上で、私に住めと言うの?」
奥様が言いたかったのは、そのことだったのです。
いま思えば、その奥様のおっしゃったことが正しいと思います。けれど10年前、恥ずかしながら、私たちの認識はその程度だったのですね。それから皆で必死になって、"安全な家づくり"を勉強しました。そして、勉強していけばいくほど、先代の家づくりに戻ることがわかったのです。
「近くの木を持ってきて床や柱に」
「家の裏の土を掘って壁に」
というローテクの家。これをつくれるのは職人しかいません。そこで私は、私たちの家づくりの姿勢を示すものとして、『職人夢工房』TODAをスタートさせたのです。
『職人夢工房』TODA。それは、知恵と技術を自在に駆使して、住まい手の立場に立った家づくりを進めることのできる、プロの集団です。 |
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TODAの家のお客様の一人にOさんがいらっしゃいます。餅つきイベントの会場として自宅を開放してくださったり、「田舎暮らし体験」と銘打って、TODAの家の住み心地を知りたい人の、体験宿泊まで引き受けてくださっています。このO様が嬉しいことをおっしゃってくださいました。
「私は、会社に居た頃よりも、TODAで家を建ててからの方が人生の幅が広がったような気がするんですよ。TODAに出会わなければ、今ほどは人生楽しくはなかったと思います」
Oさんと出会った時、私は、「会社を早期退職して田舎暮らしをするための家」を建てたいというOさんの中に、ある"思い"を感じ取り、価値観の合いそうなSさんをお引き会わせしたのです。二人は意気投合、いまでは、そこからさらに友人の輪が広がっています。
皆集庵というみんなが集まれる場を作ったのも、登り窯を稼動させ、週末カフェの構想を練っているのも、家を建てる本当の目的のため。その目的とは、"価値観を共有できる、かけがえのない仲間を見つけること"です。
私が初めに言った「家づくりは出会い」の意味が、少しわかっていただけましたか?だって、建てて住むだけではつまらないでしょう?そこから何かが始まらなくては。
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40歳を越えてから、私はトライアスロンに挑戦しました。1mだって泳げなかった私が、水泳・自転車・長距離走に4、5時間がかりで挑むという、スポーツの中で、最も苛酷とされる競技に参加したのです。チャレンジした理由は、自分の体をどれくらいつくり上げることができるかという好奇心と、もうひとつ。少々恥ずかしいのですが正直に白状すると、日々男らしくなっていく息子への対抗意識からです。
当時息子は大学生。青春真っ只中、エネルギーがあり余っている時です。親ですからそのこと自体はとても嬉しい。自分の分身が「いい男になったなあ」という、親バカと言おうか、誇らしいような気持ちは当然あります。けれどその一方で「男としてまだこいつには負けられん」という気があるんですね。これはもう理屈じゃない、オスとしての本能みたいなものです。そこで私は息子にトライアスロンでの勝負を挑みました。この競技を選んだのは、もっともごまかしのきかない競技だったから。作戦やテクニックを駆使して若い息子に勝っても意味がない。私は男として、全く同じ土俵の上で闘いたかったのです。
結果は、私の圧勝でした。40歳を越えていても、努力をすれば真っ向勝負で大学生に勝てるのです。そして嬉しいことに、息子も最後まで完走しました。
トライアスロン、この正直でストレートなスポーツが私は大好きです。なぜならそれは人生に似ているから。観客もいない。リタイアも自由。闘う相手は自分自身。もうやめようか、でもあそこまで行ってみよう、そうやって自分を極限まで追い込んでいくと、自分でも思ってもみなかった力がまた出てくるのです。自分の中に眠っている可能性を目覚めさせてくれるトライアスロン。このスポーツとの出会いからも、じつに多くのことを教えられたと思っています。
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