愛知県豊橋市の戸田工務店・社長の思い

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社長の思い 「おちこぼれ少年、ミラノをめざす」

プロローグ 一人では生きられない おちこぼれ少年、ミラノをめざす 芸術家たちとの出会い TODAの家をつくる 建築がつなぐもの エピローグ
決まりきった将来

私の家は祖父の代から大工でした。だから自分も大工になるものだと思って、何の疑問も感じませんでした。小さい頃から将来が見えているのだから、高校進学も迷いましたが、母親に説得され渋々行きました。でも行ってみても目的も持てず、まわりに溶け込めず、何も面白くありませんでした。

そんな生活の中で、ある日ふと本を読みたいな、と思ったんです。それまでは、自分の生きている世界だけが全世界だと思っていたけれど、どうも違うんじゃないか。全然違う世界があるんじゃないかと、おぼろ気に感じはじめていたのだと、今にして思います。決められた人生の中で、やる気をなくしていた少年が、生れて初めて「人生とは何か」ということを考えはじめた瞬間でした。

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▲高校生時代
井ノ中ノ蛙、大海ヲ知ル

その時に読んだ一冊が、「何でも見てやろう」(小田実著)でした。アメリカに単身で渡って働きながら学び、ヨーロッパに渡ってアジア経由で世界一周をヒッチハイクで貧乏旅行をした体験記なのですが、これにガーンとショックを受けました。それは、「すごいな。金がなくてもこれだけのことがやれるんだな」という驚きと、「俺は世の中のことを何も知らないで大工になってしまう。井の中の蛙のまま、小さな世界、それだけで終ってしまう」という怖さが混ざり合ったものでした。

「こりゃ勉強せにゃいかん」と猛烈に思った私は、親父を拝み倒して学費を出してもらい、大阪の専門学校に行きました。ちょうど万博の前の年で、外国に対する憧れから何気なく大阪を選んだのですが、ここで私は運命の人と出会うことになるのです。

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▲学生時代、ヒッチハイクで北海道へ
ヘルシンキで会おう
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50人ほどが集まった寮の懇親会で、その人は私の隣に座りました。後にミラノ工科大学に学び、いまもその地で建築家として仕事をするYさんです。Yさんは、最初からそこに集まった仲間とは一種違った雰囲気を発散させていました。親の援助を受けず、自力でミラノへ行き、建築家になることをめざしていたYさんからは、すでに一人前の大人の落ち着きが感じられました。その2才年上の同級生Yさんが、私に何かと人生観や勉強を教えてくれたり、特に旅することを勧めてくれたりしたのです。

郷里でおちこぼれていた私が、大阪では白紙になり、Yさんのような人が気さくにつきあってくれるのが、私にはたまらない喜びでした。だから私も、真剣にYさんとつきあおうと思いました。私はYさんと競争で勉強し、本を読み、旅をしました。一緒に旅をしたことはありません。いつも一人旅です。Yさんは「自分の意志ですることは、一人でするべきだ」という考えの持ち主でした。いつしか私たちは無二の親友になっていました。

「戸田、卒業したら、シベリア鉄道を使ってヨーロッパに行こうよ、一足先にミラノへ行くからヘルシンキまで来れば迎えに行くよ。」とYさんはそう言って、一足先に夢に向かって旅立って行きました。

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