朝、9時頃向山を出発。アイジーコンサルティング様の車に乗せて頂き一路宮城へ。愛鷹PAで尾張組と合流、車2台【 計8名 】で東へ進みます。首都高から東北自動車道に乗り北へ北へ。東北道、蓮田SAで昼食をとったのですが、駐車場に自衛隊の『 災害支援 』という垂れ幕が掛ったジープを見た時、着実に被災地に向かっているんだという実感がこみ上げてきました。昼食後、ひたすら北上。福島に入った辺りから、屋根にブルーシートが掛っているお家が車窓から見え始めました。追い打ちをかけるが如く、季節外れの雪も舞い、天変地異が起きそうな変な感じが車中に漂い皆無言。白石ICで東北自動車道にお別れし、国道4号線を使い岩沼市のボランティアセンターに向かいます。国道沿いの街並みの第一印象は、屋根にブルーシートが掛っている家がチラホラ見えるだけで、コンビニもファミレスもガソリンスタンドも営業しており、何の混乱も無く、いたって普通。岩沼市ボランティアセンターに到着し、【 別班は亘理町ボランティアセンターへ 】ボランティア保険や登録を済ませました。( 結構簡単に済みました )センタ-の横には約100世帯が入居できる仮設住宅を建設中。冷たい雨の中、作業をされていた方々には頭が下がります。合流時間までに少し時間があったので、行けるか行けないか分からないけど、仙台空港まで行ってみようという事になりました。常磐自動車道をくぐると、それまでの景色と一変。テレビの映像で見たものが目の前に広がってきました。電気も来ていないのか、信号が機能していない為、交差点は警察官の手信号です。さらに車を海の方へ進めていくと、言葉を失いました。防風林の松が流れ着いたのか、根こそぎなぎ倒されています。ここに何があったのか、想像もできないし、想像もしたくありません。震災後1カ月半を過ぎてもこのような状況です。写真の奥に、おびただしい数の使えなくなったであろう車が・・・。当然、塀もなぎ倒されています。何か風景に違和感を感じた理由は電柱が立っていなかったこと。すべて見事になぎ倒されていました。4人とも言葉少なく、茫然としたまま、集合地点のホテルへ向かうのでした。集合後、備品の振り分け、明日以降のミーティングを行い、明日からの作業に供え、早目に床につくのでした。古民家、古民家リフォーム、古材を使った新築愛知県(豊橋市、豊川市、新城市)、静岡県で木の注文住宅を建てる、愛知県の戸田工務店