岩沼ボランティアセンターの朝の玄関。宮城県外からも沢山の方達が集まっています。【 私が話をさせて頂いた方は、遠くは島根、新潟、埼玉、大阪、兵庫、東京、山梨等 】指示待ちの椅子の前に張り紙が。こちらこそお心遣い、ありがとうございます、恐縮です。スタッフから仕事内容を告げられ、人数を先着順に区切られ、マイクロバスに乗り午前2時間の作業に向かいます。【 後で知る事になるのですが行政によって作業時間や現地までの足等、形態が全く違います 】午前中の作業は奥のお宅。大分片付けられて見た目は普通なんですが、この辺り、腰まで水が浸かったそうです。何度かボランティアの方が入り、ある程度片付けれれている状態でしたが、タンスの移動や室内の水拭き、物置の片付、庭の清掃等。今回のお宅は一人暮らしのお婆ちゃんのお宅でした。3月11日、お婆ちゃんはこのお宅で津波に遭遇したそうです。2日間、電気も水道も使えない状態でどうする事も出来ず助けを待っていたそうです。そんな辛い2日間を耐え、息子さん達に救出され避難所で過ごしてはみたものの、不便であってもやっぱり落ち着く自宅がいいという事で、つい最近戻ってきたそうです。常に穏やかに私達に感謝の言葉を掛けてくれていたお婆ちゃんですが、休憩中、色々とお話をさせて頂いている最中に印象に残ったのが、『 こんな津波が来るとは思わなかった この周りでも若い人が沢山死んだのに、こんな婆ちゃんが生き残っちゃった・・・ 本当に地震が憎いよ・・・ 』と目を潤ませて語られたお婆ちゃんに、掛ける言葉が見つかりませんでした。本当に歯痒い。2時間なんてあっという間、まだまだ作業を続けたいところでしたが、迎えのマイクロが来てしまったので、後ろ髪をひかれる思いでその場を後にしました。一度センターに戻り、感傷に浸る暇もなく、おにぎりを口に放り込んで午後の作業の列に並びます。午後も午前中に作業したお家の近く。ここのお宅は室内の大雑把な片付けは終了しており、メインは庭に流れ着いた泥【 ヘドロ 】の撤去。家庭菜園で使っていた50㎡ぐらいの畑に5cm程堆積した泥の撤去です。泥は大分水気が飛んでおり粘土のよう、そんな泥にピッチフォークを斜めに刺し、そのまま垂直に持ち上げると泥の層が畑の土の層から気持ちよく剥がれます。10人程で手分けして、泥剥がし隊とその泥を一輪車で敷地外に搬出する班に分かれ作業を行いました。ごみ収集車も最近ようやく回り始めてきたそうです。まずは可燃物から収集するそうです。10人で2時間、何とかお庭を泥をすべて撤去する事ができました。撤去した泥は、農道の際に搬出したのですが、その前に広がる田んぼは完全に手つかずの状態。ここもお庭と同じように数センチの泥が堆積し、様々な漂着物が・・・。元の田んぼのように稲が植えられるようになるのはいつになるのだろうと思ってしまいます。ここのお宅は、犬走りから大体1mぐらいのところまで水が来ました。丁度、外部防水コンセントの上端ほど。室内だと膝の下ぐらい。床下の泥もかき出して、補修し、住める状態まで持っていくそうです。東北人の忍耐と粘り強さを見た気がします。ここでの2時間もあっという間。マイクロバスが見えなくなるまで手を振ってくれていたおじさんとおばさんが目に焼き付いています。普段殆どしない肉体労働で全身がギシギシ。しかし、こんな肉体的苦痛など、被害に遭われた方の肉体的・精神的苦痛に比べたら屁でも無い。古民家、古民家リフォーム、古材を使った新築愛知県(豊橋市、豊川市、新城市)、静岡県で木の注文住宅を建てる、愛知県の戸田工務店