2011年も残すところあとわずか二ヶ月をきってしまいました。
この2011年もスタートは好調に思われましたが、序盤あたりから公私共にバランスが崩れ始めてまいりました。
社会的にもいまだ経験したことの無い未曾有の大震災から始まり、天候不順等々、また個人的にも悲しい出来事が・・・・。後半は、二つの病院を渡り歩き軽い治療に専念する状況に陥り、何となくふさぎ気味の今日この頃でありました。
そんな折女房が元気付けにと、昨日私にはあまり興味の無い、とあるコンサートに行こうと誘ってきました。嫌がる私にチケットが無効になる、もったいないと、半ば強引に豊橋駅よりJRに乗せ、笠寺駅で降りました。
駅に降りた途端ビックリ。何だ、何だ、この人ごみは。
たまに名古屋の芸術ホールで味わう、少しリッチでお洒落な会場でのコンサートを想像し、ゆっくりと静かに癒される時間を楽しみにして来たのに。
既に駅の改札口の人の多さに私の頭の中はパニック状態に。
女房に真剣に「俺先に帰るよ」と反対側のプラットホームに向かおうと思うのですが、中年のおば様方の渦に巻き込まれ、改札口に押し出されてしまいました。
駅構内では、若い駅員総出で帰りのチケットの用意から始まり、出口の案内、右へ左へと指示され、立ち止まるなと。これは正しく殆んど女性ばかりの戦場そのものでした。
何故か遥か昔の若い頃、初めて経験した大阪万博の入場場面の混雑をこの女性の群れの中で懐かしく思い出し、一人苦笑いしながら気が付けばナゴヤドームのような大きなドーム状の会場に着きました。
私たちの席は、球場で言うならば仮設のイスが並べられたピッチャーマウンドあたり(30列)でした。当然内野、外野の様な席は、私たちの席の遥か上部にあります。
周りを見回すと男性はほんの僅かに居る程度であり、開演間際まで慌ただしく席探しが続きます。開演してもスタッフが、客の座席探しに懐中電灯を持ち右往左往、どうも落ち着きません。
しかし時間が経つにつれ、この迫力と歌唱力、また彼の言葉の端々に感じ取れる誠実さに魅かれていきました。
話の中で、『僕は25年間(彼は現在50歳)ボーカル一筋で、自分を信じ一筋に歌い手として通し続けて来ました。特に人様の歌を歌う場合は、人一倍神経を使い、正確に我を入れず歌ってきました』と。
私にはこの話が彼の職人技と聞き取れ・・・このとき彼のファンが一人出来上がりました。このライブが気に入り、すっかり彼のことが好きになりました。
入場の折にSS席が特別に設けられており、少し気になっておりました。調べてみるとファンクラブ会員にSS席が限定で確保されているとの事。これが一列目より五列目までとの事でした。
そして最初から最後まで立ち尽くしていた最前列の客達を思い出しました。
このライブ後の後味の良い感覚、この快感は何処から来るのでしょうか?
大迫力の感動を味わった生まれて初めてのライブと彼、今この秋の夜長に一人ファンクラブの入会案内を見ながら、次回五列目までに席を取るべき筆を取る私であります。
今回女房に感謝です。