先日の朝日新聞の天声人語より『ばか』の持つニュアンスの幅の広さの記事が目に留まりました。
使い方や場所、ニュアンス一歩間違えると天と地ほどの意味の違いに納得するのは私一人だけではないような気が致します。
久し振りに日本に里帰りしたイタリア在住の友人との再会を果たし、先日空港まで無事見送りしました。
イタリア国籍を取り、どっぷりとイタリア人になりきってしまった彼との会話のなかで、改めて日本語の外国語に翻訳されない『わび、さび』の幅の広い感性の言語の世界を思い出しながら、この記事を興味深く読ませていただきました。
以下記事を抜粋いたします。
【天声人語】
小紙に連載されて人気を博した井上 靖の小説「氷壁」は最後に主人公が山で落命する。主人公に目をかけていた上司が社員を前に悼辞を述べる。
思わず口をついて出た「ばかめが!」の一語で締めくくるくだりは印象深い場面だ。
▼作中で井上は、この一語を吐いた上司の内面を練達の筆で描く。哀惜と喪失感、憤りがせめぎあう。
(中略)
▼言葉の切っ先は、ときに人を傷つける。無神経は論外だが、心地良い言葉を並べてことが済むものでもない。現実を見すえ、問い、答える言葉がリアリティーや闊達を欠けば・・・国会議論も深まるまい。
▼思い起こせば、味わい深く人を「ばか」呼ばわりする達人はフーテンの寅さんだった。その寅さんにも「それを言っちゃあおしまいよ」のきめぜりふがあった。
おしまいにはせぬ節度を保ちつつ、震災後を語り合う言葉の自由度を広く取りたい。