11月21日 午後2時24分 喉頭がんで死去 享年75歳。
とうとう私の好きな落語家がまた一人いなくなってしまいました。
古典落語を理論的に探求し、また毒舌でも注目を集めた型破りな落語家としてまだまだ活躍を楽しみにしておりました。
学生の頃、大阪の寄席で彼の落語を聴いたのが私と落語の接点のはじまりでした。その後彼のファンになり、落語の世界に引き込まれていきました。
最近、彼の悲報を目にし、残念でなりませんでした。なるほどと思うメディアの記事が目に留まりましたので抜粋いたします。
【中日春秋】 11月24日(木)
昔、ある寄席の大喜利で客席に「なぞかけ」のお題を聞いたら、出たのが、「葬儀屋」。難題に、みな首をひねる中、一人の若い噺家(はなしか)がさっと手を挙げた
▼「葬儀屋とかけまして、ウグイスと解く」「その心は」「なくなくうめにゆく」。無粋ながら、泣くと鳴く、「埋め」と梅が掛かっている。その場にいた柳家小三治さんが、後年、「なぞかけの名作」と称えていた。その噺家とは後の立川談志さんである
▼あの「忠臣蔵」では、赤穂藩三百人の家来のうち、討ち入ったのは四十七人だけ。逃げちゃったほかのやつらは比べられてつらい思いしたはずだ。落語はね、この逃げちゃったやつらが主人公なんだ・・・。かつて弟子の談春さんに語った話という
▼談志さんの有名な定義、「落語とは人間の業の肯定である」が重なる。残念だが、きのう、訃報が伝えられた。天才落語家、いや全身落語家の死というべきか。現代落語の大事な部分が欠けたような思いさえする
▼病に苦しんだ晩年、声が出ず、弟子らの出演でしのいだ落語会でのことだ。途中、舞台に出てきて客にわび、出せない声、独特の言い回しで心の内をさらした。曰く、俺は談志に聞かせるために落語をやってきた。でも最近、その談志がいない・・・
▼そして、天を仰ぎ涙声で叫んだ。「談志ぃ、どこ行っちゃったんだよぉ」。あのしゃがれ声が耳を離れない。