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なぜ古材に行き付いたか |
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骨董品イコール古くて尚且つ人の手によって何か施されている物。 感性が磨かれ熟練され世の中に認められた職人であればある程、 また作品の数が少なく古ければ古いほど、 また時として職人の手で造られ魂の入った道具であれば、 古くて使われれば使われるほど人の手により自然に磨かれて、自然美が増せば増すほど価値が上がってゆく。
わかりやすく家に例えようとすると、 完成した時、すでに時間の経過を感じ、完成時から衰退が始まるのではなく、経年美が増していく時間の経過と共に美しさが増してゆく。人の目で確認できる心癒される家。 これが老舗 商売ののれんに代表される時間の経過の維持が世の中の信用の一部としたならば、 過去の時間の経過に縛られ勝負ありの崩すことの出来ない方程式が生まれてしまいます。
古民家再生というような膨大なコストと時間と知識と経験を必要とする、 非常に難しい工事に少しでも近づけないかとの葛藤 の中、 発想の転換で、全てではなく、一部の構造材やりインテリアとして古材を古民家の代名詞的存在として使っていくというところに辿り着きました。
差別化された癒しと安らぎと脈々と引き継がれて来た日本人の農耕民族的遺伝子に逆らわない、 自然体の肩の力が抜けた心と体の防御鎧を完全に脱ぎ捨てた、 安心出来る母体内空間が古民家空間に多く存在していると自負しています。 |
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